マグダラのマリアが南フランスへと渡り、そのまま33年間生涯を過ごしたと言われる”サント=ボーム(聖なる洞窟)山塊”。
ついにやって来たマグダラのマリア信仰における最大の聖地。
“洞窟”としか知らなかったけど、現地を訪れるとこのエリア一帯が隆起した岩山がそびえるパワースポットであり、マグダラのマリアが過ごした洞窟だから聖地であるというよりも、南フランス最大規模の聖地だからこそマグダラのマリアが選んで過ごしたのだと思う。
そして、このサント=ボーム山塊を見て最初に思ったのが
「僕が九尾の狐と出逢ったイスラエルのガリラヤ湖の岩山そっくり」
の一言であり、それはマグダラのマリアの生まれ育った故郷であるガリラヤ湖畔のミグダル村にあるアルベル山周辺にサント=ボームは極めて似ている。
だからマグダラのマリアは、この地を選んだのもあるのかな?
33年過ごしたというのは、キリストの数字(33)とも関連させた後付けの数であり、また果たして生涯を通してこの地にマグダラのマリアがいたのかどうか、その辺りの真偽はわからないもの。
でも、この地にこれだけ伝説が残るのは、過去にマグダラのマリアが実際に訪れて何かしらこの地で活動していた可能性は高い。
今回の旅の24名全員で1時間の登山で岩山中腹の洞窟へと訪れ、さらにそこから1時間かけて山頂のマグダラのマリアが昇天したと言われる礼拝堂までも参拝。
そして、迎えた新月とともに今回のヨーロッパの旅の、マグダラのマリアを辿る冒険も無事に終了。
“統合”がテーマの今回の旅、色々な意味で統合とともに女性性時代の目覚めと男性性単独時代からの切り替わりを感じられたと思う。
一時的に日本に戻ったら、またすぐに6月中頃からエジプトのピラミッド、そして夏至シナイ山へ。
3300年前、モーセが十戒を授かったシナイ山からユダヤ教が始まり、旧約聖書も生まれたようなもの。
そこからキリスト教やイスラム教も繋がり、この宗教文明と争いの時代が果てしなく続いて来たけど、原点回帰ですべてリセットして新しい約束を。
夏至シナイ山から、そのままイスラエルへ入り、向かうは世界の宗教の台風の目となる聖都エルサレムへ。
今、激動の最中にあるイスラエルは、今日明日にも何か起こってもおかしくはないし、また訪問中に何が起こるかもわからないけど、不思議な導きで招かれることになったので、来月は12度目イスラエルの旅が待っている。
2023年秋の戦争イスラエルを体験後、世界中の聖地を巡って来たけど、それらをエルサレムですべて解き放つイメージ。
今回の旅のレポートは、また6月中の講演会やオンラインサロンにて報告予定。
まずはともあれ、2週間ぶりに日本へ戻ります。














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