たきさわたいへいオンラインサロン「MAYIM(マイム)」

地球人全員の罪人意識からの解放

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令和の出エジプト記も間もなく終了。

細かい旅のご報告は後にして、とりあえずエジプトから始まった令和の出エジプト記の旅は、無事にヨルダンのアンマンで終えてこれから出国。

今回もまた、たくさんの方々にご心配をおかけしましたが、おかげさまで何事もなく日本へと戻れそうです。

前代未聞の規模でイスラエルもイランも緊張感が高まった12日間戦争。

その12日間の渦中に自らが巻き込まれるとは、これはもはや前回に続き偶然では片付けられない運命を感じるもの。

天は僕に何を期待しているのか。
何も期待してないかもしれないし、期待されても困る。

3500年前、モーセはエジプトの地を離れ、シナイ山にて十戒を授かった。

神との約束、戒(いまし)め。

戒めとは

「罪を起こさないように事前に注意すること」

であり、この十戒を守れない人は罪人(つみびと)となる。

こうしてユダヤの民は、罪人とならないように、神との約束を守り続けて来て、そこから派生したキリスト教もイスラム教も罪人とならないようにそれぞれの神との約束を守り続けている。

宗教文明とも言える、この3500年の時代は、罪人文明でもあり、誰もが罪人とならないように、また罪人となっても、それが許されるように求めて今日まで歩んできた。

その結果、罪人のいない平和な地上天国が完成したかといえば、地球人はお互いが殺し合い、さらには自分達の惑星(ほし)さえも破壊しようとしている。

これがせっかく十戒を授かった人類の目指した世界なのか。

十戒のすべてを否定するつもりもなく、人類が未熟なうちは、戒律と宗教によって一定の段階まで管理する必要性はあったと思う。

でも、旧い約束はもう終わり、今はもう神との新しい約束の時代であり、新しい戒律は

「もう戒律を持たずに自分(地球人)達で考えて世界を自由に創造しましょう」

みたいなものだと思う。

神が右を向けといえば右を向き、左を向けといえば左を向き、人を殺せといえば躊躇うことなく人を殺す。

極端にいえば、今はそんな世界であり、もうこの旧い約束は卒業して、命令されて動くロボット人間から人類は解放される時である。

3500年前の出エジプト記は、奴隷からのユダヤ人(ヘブライ人)の解放だったけど、令和の出エジプト記は、地球人全員の罪人意識からの解放。

誰も生まれながら罪も持たないし、誰も生きながら許されないことはない。

すべての人が許され、愛される存在であり、1人ひとりが神の分霊として、この世界における創造主であるこを自覚する時。

意図せず、今回の旅は、急遽後半にヨルダンがメインとなることで、完全にモーセが3500年前に辿った道を再び辿る出エジプト記の行程となった。

エジプトからシナイ山、そしてイスラエル南部を横断してヨルダン南部の”ペトラ”から中部にあるモーセ終焉の地”ネボ山”へ。

3500年前、モーセご一行は約束の地カナン(パレスチナ)を目指したけど、その立役者であるモーセ本人は約束の地を目前にして入れず、その命をヨルダンで全うしたとある。

もちろん裏物語としては、そこから日本へ旅立ち、天皇家とも繋がりを深め、石川県に墓が残るほど、その後の人生でも活躍されたとも伝説があるけど、今回の旅は、とことんモーセの魂が連れ添い、我々も同じように目前にしながら約束の地カナンには入れなかった。

最後はネボ山を下り、ヨルダン側の死海から対岸にあるイスラエルを望んでいると、遙か西の先の丘の上にエルサレムが肉眼でも見える。

「次こそ…」

その次が、いつになるかわからないけど、再び僕がエルサレムの地を踏める日を心待ちにしながら、この旅を終えてモーセの魂とも別れを告げる。

ちなみにシナイ山でも、とんでもないUFOが出現したけど、死海でもまたUFOが見事に出現…。

僕をマークしているご一行様も今回もちゃんと上から見守っています。

彼らの存在もまたこれからの時代に必要不可欠なので…。

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