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因縁のシャルル・ド・ゴール空港からいざ日本へ

因縁のシャルル・ド・ゴール空港(パリ)。

18年ぶりのフランス。
18年ぶりのシャルル・ド・ゴール空港。

18年前、2005年12月。
僕は23歳の新入社員1年目。

小さな頃から旅好きで、そのまま旅行会社へ就職し、会社として海外添乗員の資格を取らせるための最後の実践研修先がパリだった。

大阪の専門学校生、約200人のパリツアー5日間のサポート役であり、先輩社員についていき、添乗員が1人1クラス40人くらいを担当。

初の海外添乗も5日間何事もなく無事に過ぎ、いよいよシャルル・ド・ゴール空港へ向かって日本へと帰国する最終日の朝を迎える。

200人1度は全員同じ便に乗れないから、複数の航空会社を使って各クラスがバラバラのルートで日本に帰国する。

僕はパリからイギリス経由で日本へ帰るルートであり、よりによって全クラスの最終便であり、新人なのに最後までパリに1人残される担当に。

「あとは帰るだけだから大丈夫でしょ」

会社も先輩社員達も、そんな甘い考えだったのだろう。

でも、僕の旅のトラブルメーカーは、今に始まったことではない。

当時からスケールが違った。

最終日の行程は本当にシンプル。

朝ホテルをチェックアウトしたら、ただ40人の学生達を乗せて貸切バスで空港へ向かい、そのまま僕が全員分チェックインして搭乗券を渡して、指定の時間に乗せるだけ。

途中ヒースロー空港(ロンドン)の乗り換えもあるけど、それも大きな問題もないだろう。

航空券も全員分ある、学生達も皆元気、すべて順調のままいざバスへ。

ところが、学生達がスーツケースを積み込むのにモタモタしている。

「こんな時こそ添乗員の見せどころ」

少しでも時間の節約のため、”余計なこと”にスーツケースをバスに積み込む手伝いを僕がやってしまう。

自分のカバンをホテルのロビーに置いたまま…。

「ふー、これですべて終わり」

すべてのスーツケースと学生もバスに積み込み、点呼も終えていざ出発しようと、カバンを取りに行くと……ない。

「誰か気を利かしてバスに積んだのかな?」

誰も気を利かせてない。
バスにもない。
ホテルの受付の人に聞いてもない。

この時点で初めて”盗られた”ことに気づく。

そのカバンには、なんと僕も含めた学生40名分の航空券が入っており、2008年にeチケットが導入されるまで、まだ当時は航空券がパスポートの次に重要なくらい搭乗に必須のもの。

「えっ?まさかみんな帰れない?」

帰国後の学生達の予定、心配している親御さん、いや、そもそもここからどうやって帰れない場合に帰れるの??

新人で何1つわからない僕は、冷や汗というかあぶら汗というか、もはや血の気がひく…。

「逃げ出したい」

0.5秒、顕在意識はそう思ったけど、ピンチな時こそ謎のスイッチがはいるもの。

あれだけみんなを急かしておいて、肝心の僕がホテルの中からなかなかバスに戻って来ないという事態にも関わらず、堂々と戻って来て

「では、すべてOKなので空港へ向かって出発しましょう」

とバスを動かす。

何一つOKどころか、もはや地獄の世界にみんなをいざなっているけど、まだ僕以外、誰もこの真実を知らない。

バスの僕の隣の席は、パリ滞在のダンディな髭をたくわえた日本人ベテラン通訳男性。

ベテラン髭親父にすべてを託そうと、ヒソヒソと空港へ向かう道中に驚嘆の真実を伝える。

「な、なんと……!?」

さすがのベテラン髭親父も言葉を失う。

「私のこれまでの経験だと、かなり厳しいぞ…」

少し期待したけど、残念な見解が。

地獄行きのバスは1時間ほどで空港へ着いてしまう、それまでに何かしらの対応策を考えないと。

チクタクと無惨にも時間だけが過ぎていく中、ベテラン髭親父が、静かに口を開く。

「空港で嘘をつこう……」

ベテラン髭親父の作戦は、盗まれたのがホテルではなく、空港ということにして、空港内の交番に駆け込み、そこで盗難証明書を発行してもらい、それを武器にしてひたすら航空会社のカウンターで交渉するしかないと。

「おっさん、あんた大人なのになんて……素晴らしい」

こうして、僕らは学生を連れている立派な大人なのに嘘をつく同盟を結んでいざ空港へ。

空港に到着して、荷物をすべて下ろして、予定通りに航空会社の団体チェックインカウンターの近くまで来ると

「あとは僕がまとめてチェックインするのでここで少しお待ちくださいね」

こうして40名を待たせておいて、僕とベテラン髭親父はチェックインカウンターとは正反対の交番に向かって早足で駆け込む。

そして警察官の前で鬼気迫る迫真の演技をして

「あそこでカバンを置いていて目を離しているうちに盗まれた」
「そこに大切な学生達の航空券が入っていた」

という嘘をつく。

警察官も同情しながら、大急ぎで盗難証明書を発行してくれ、今度は航空会社のカウンターへダッシュ。

ここもまた鬼気迫る迫真の演技にて、このピンチを演出し、カウンター女性に同情を得て、なんとか協力してもらえるように懇願。

「OK、わかりました。今回は特別に航空券の再発券処理でなんとかしましょう」

と喜んだのもの束の間

「再発券手数料で1枚につき15,000円ほどかかります」

と。

「え?全員で15,000円じゃなくて1枚?60万?」

ベテラン髭通訳が

「お金あるか?」

と聞いてくるけど、あるわけない。

「カードでも良いと言ってるぞ」

学生上がりのクレジットカードなんて限度額がいくらだったか。30万もあったかどうか。

とはいえ、もはや一か八かでカードを出すと

「OK」

と奇跡的に通って、なぜか無事に手続き完了。

「今から搭乗券などを印刷する暇もないので、チケットなしで良いので全員そのまま飛行機に案内ください」

なんと、搭乗券すらないまま僕らは飛行機に乗せてもらうことに。

こうしてダッシュで学生達のところに戻り

「なんか搭乗券は今回ないみたい?で、とりあえず僕についてきてみんな飛行機に乗ってください??」

僕もちんぷんかんのまま、イレギュラーに僕ら日本人グループは進んで行き、なんとか時間ギリギリ飛行機の中へ。 

座るエリアだけ言われていたので、適当に学生を自由に座らせて奇跡的にフランスを脱出。

ところが、後から分かったことだけど、やはり僕のクレジットカードは使えなかったらしい。

僕がカウンターを去った後、エラーが出てやり直しだったけど、見つけられず、そのまま逃亡されたみたい。

そんなことはつゆ知らず、僕は新たな危機を迎えることに。

「パリから直行便ではなく、そういえばイギリスのヒースロー空港で乗り換えだ」

この乗り換えがやっかいなことに、再び航空会社と交渉が必要となる。

よりによって、飛行機の到着も遅れて、ほとんど乗り換え時間もなく、とにかくヒースロー空港を学生達と走って、再び航空会社のカウンターへ行き、出来もしない英語と日本語、あとはジェスチャーと気合を入り混ぜながら、再びカウンターの外国人を説得し

「とにかく乗れ!」

と言われて、相変わらず搭乗券も何もないまま僕らは飛行機へ飛び乗る。

紙のチケットレスの今の時代でも、何一つ搭乗券も持たずに飛行機に乗ったのはこの時が最初で最後となりそう。

学生達には変な体験をさせてしまったな。

でも、彼らは何一つ知らずに、問題なく無事日本へと帰ってきた。

さて、盗まれた僕のカバンには家の鍵とか色々大切なものも入っていたけど、そんなものはどうでもよく、とにかくミッションコンプリートの達成感があった。

嘘は絶対ダメだけど、時には必要な時もあるのかな。。。

社会人1年目の思い出。

後日、当然ながら会社に60万円の謎の国際請求書が届き、僕は上司に呼び出されてこっ酷く怒られる。

「始末書どころでは済まされないから”顛末書”を本部に出ないと収まらんぞ」

「テンマツショって何?」

どうやら始末書を飛び越えて、もっとレベルの高い反省文らしい。

とりあえず書きながらも、僕は提出する時に上の人たちに向かって納得がいかないから言いたいことは言った。

「そもそも、新人1人だけを最後に残す計画はいかがなもんでしょうか?」

それどころか、この危機を乗り越えたことをむしろ褒めてほしいくらいだと。

当時からめちゃくちゃ生意気だったので、僕は反省はしたけど、あまり気にしなかったかな。

それ以外にもたくさん怒られるほど学生時代でも、社会に出てもずっと問題児だった。

まぁ、その1年後には旅行会社は辞めてしまったし、2度と旅行なんて仕事にしないと思っていたけど、今もなお添乗員みたいなことをやっているのは、人生とは本当に無駄がないもの。

ということで、思い出深いシャルル・ド・ゴール空港を懐かしく思いながら、いざ日本へ。

2件のコメント

コメントなど残す事はないんですが、、バックバッカーとして一言。
いゃ〜、これはすごい👍やっぱりなせばなるんですね!良い教訓をありがとうございます。
そして……旅はやっぱり最高ですね♡

ベテラン通訳髭親父さんを、「 おっさん、あんた大人なのになんて…素晴らしい 」🤣🤣
一大事の最中の心の声が…素晴らしい!
トラブル トラベラーとして、ひとつの読み物になったら楽しいと思います👍😁

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