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人生を変えた2008年10月
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2008年9月、サラリーマン時代の全盛期に起こったリーマン・ショック。
ちょうどその1ヶ月後の10月下旬に自分自身は結婚式を控えていました。
そんな結婚式前の大事な週末のある日、忘れもしない2008年10月12日(日)。
まだまだ結婚式に準備することはたくさんあったにもかかわらず、無理を言って1日だけ出かけさせてもらったのが、この日に品川のホテルで開催された「船井幸雄オープンワールド」というイベントでした。
サラリーマン時代、とても影響を受けた人物の1人に作家の本田健さん(「ユダヤ人大富豪の教え」など著書多数)がいて、その本田健さんが出演されるイベントということで、何もわからないままオープンワールドに初めて参加しました。
この日の講演スケジュールは以下のような講師陣による講演でした。
10:00-11:20 アメリカ在住作家 本田 健
12:20-13:50 常葉学園大学教授 副島 隆彦
14:30-15:50 日本弥栄の会 代表 中矢 伸一
16:30-18:00 株式会社船井本社 代表取締役会長 船井 幸雄
3000人以上も入った会場は、なんとも言えない独特な雰囲気に満ちており、何かすごいことがこれからが始まる大きな期待と不安の中に26歳の自分はドキドキしながら身を置いていました。
憧れだった本田健さんの講演は、とても面白く勉強になることばかりで、その後のサイン会にも自分は並び、結婚式前であったので、無理を言って健さんに「妻が大ファンなので、妻宛にメッセージを書いて頂けますか?」とお願いをしました。
本田健さんは、快く「いいですよ」と答えて「奥さんの名前は?」とメッセージ付きのサインを書いてくれました。
この時はまさか将来自宅に遊びに来て頂くような関係になるとは思ってもいませんでしたが、憧れの人から予想外のギフトももらって有頂天となり、もう結婚式の準備もあるから帰っても良いかなと思っていたほどでした。
ところが、続いて講演された副島隆彦さんの講演は、また凄い情報で、まさに目からウロコでありました。
副島さんは、ちょうどリーマン・ショックが起こる直前の9月頭に「恐慌前夜」という本を出版しており、そこにリーマンは消えてなくなることを予測していて、見事に的中させていた人であったのです。
まさにリーマン・ショックに大きな影響を受けていた当事者としての自分は、副島さんの話に聞き入ってしまい、そこで経済の裏にある闇の権力者、それこそロックフェラーやロスチャイルド家のこともこの時に初めて知りました。
「この現実世界の裏は、こういった仕組みになっていたのか・・・」
ビジネスの世界でバリバリに生きていた自分にとっては、経済の仕組み、現実の裏社会の話などは、とてもタイムリーで入り込みやすく、この講演で副島さんのすっかりファンにもなりました。
ところが、その次に続く、中矢伸一さんの講演は、さらに自分の意識を大きく変えていくものとなりました。
終戦間近、自動書記によって降ろされた未来預言書の「日月神示」の研究家と知られる中矢さん。
この日に初めて「ヒツキシンジ??」を知った自分は、何か電流に打たれたような衝撃が走り、一気にスピリチュアルな意識、価値観が目覚めてしまいました。
「このまま人類の覚醒がなければ、地球の浄化、大掃除が近い将来に起こってしまう・・・」
現実世界の裏世界から、今度は目に見えない世界へと自身の関心は移り、この日の自分の頭の中はプスプスと煙が出そうなほど混乱している状況でした。
そして、迎えた最後の登壇者である船井幸雄会長。
会場には続々とお客さんも集まってきて、皆が期待と興奮に満ちて船井会長の登場を待っている雰囲気が伝わってきました。
それまで、何冊か著書をサラッと読んだことはありましたが、生で見るのは初めてであり、会場のただならぬ雰囲気を察して、自分もどんな方なのかとても楽しみになりました。
やがて時間となり、3000人以上の聴衆の前に姿を現した船井会長の姿は、眩しいほど黄金のオーラに包まれており、自分自身にとっては初めて後光がさすような現象を目の当たりにしました。
船井会長の言葉は、一言ひとことが、魂の深い部分に突き刺さるように入ってきて、自分の意識とは違う別の意識が懐かしくその言葉、その声を聴いており、26歳の青年は、半世紀違いの魂の大先輩にすっかり夢中になっていました。
そんなこんなで、脳が完全にショートしてしまった2008年10月の船井オープンワールド。
帰り道、電車に乗って、いつもと変わらない現実世界を見ても、意識の変容が起こった自分には今までの世界が別の世界に見え、そこから自分の中の何かが目覚めはじめ、やがてこの世界を変えること、未来を変えていくことに何ができるかを考えました。
そこで様々な著書や講演を聴いて勉強をして、オープンワールドに初めて参加した時から1年を過ぎた頃からブログを書き始めるようになりました。
「まだまだ仲間は世界に多くいるはず・・・」
そんな人たちに「自分はここにいるよ」と見つけてもらうために、コツコツと誰も見ていなくても、記事を書き続けて、もう7年ほど経過しました。
最初は数人、少し増えて数十人が見てくれるようなブログとなり、サラリーマンを続けながら、日々自分が気づいたこと、知ったことを記事にして匿名での発信活動を続けました。
実は勤めていた会社の中でも情報発信を始めており、自分がマーケティング部門にいた頃、毎週市場レポートなどを社内メルマガで共有していたのですが、その中にコラムを交えており、そこでは世界経済の裏事情、目に見えない世界の話などを少しずつ書いて勝手に会社の人たちに発信してました。
最初は都市伝説程度に楽しんでいたいたようですが、やがて社内でも本格的に関心を示す人が増えてきて、会社の中でも直接情報を求めてくる人も増え、1人ひとりに、その方の意識や情報レベルに合わせて、この世界の真実を啓蒙していました。
今考えると、かなりリスキーな活動ですが、幸いにも理解して頂ける方が多い職場であり、少しずつですが、社内での意識変容も起こっていたと思います。
そういった地道な情報発信の活動とともに、自分自身は船井幸雄会長に憧れて、より学びを深めようと思い、2つの団体に入会して勉強する取り組みを始めました。
1つは、世の中の真実を探求する「にんげんクラブ」であり、もう1つは、現代科学を超えた技術を実践的に学ぶ「生体エネルギー」の勉強会でありました。
これらの活動が本格的に始まった2010年の春、ひょんなことがきっかけでスピリチュアルな人々が集う溜まり場「オーラカフェ」へと導かれ、そこから新たな展開が始まったのです。(続く)













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